チバユウスケ、ロックンロール

チバユウスケ、私にかっこいいと言う感情を教えてくれた人

チバユウスケ、私をロックンロールに引き摺り込んだ人

チバユウスケ、あんたのためならなんでも我慢できるなんて、初めて思った人

行っちゃうなんて、思ってもなかった。

心のどっかで、絶対帰ってくるなんて思ってた。

ねぇ、私馬鹿だから、一回もライブに行けなかったよ。

中学生でBirthdayのライブはハードル高すぎるって、親に笑いながら言わなきゃよかった

どうしても見たいから連れてって、そうちゃんと言葉にして言えばよかった

怖さなんか吹き飛ばして、たった1人でもチバの声を浴びに行けばよかった

ねぇ、置いてかないでよ、なんて彼女みたいなことを言いながらビールでも飲めたらよかったのに、残念ながら年齢的にそれも不可能で、行き場のない感情がぐるぐるぐるぐる頭を駆け巡って、昨日は8時に布団に入った。

初めてチバの声を聴いたのは小学生の頃、兄がずっと部屋でリピートしていたスモーキンビリー。

当時は流行りの音楽、あとは母の影響でちょっとだけ椎名林檎を聴いてたぐらいだが、椎名林檎と言っても「三毒史」あたりの成熟した曲しか知らなかったから、これこそがロックンロール、というようなものに触れたことはなかった。

なんだこのしゃがれ声、ジジイが歌ってんのか?なんて素直に思ったのが最初の感想。

音質的にもギターの音的にも、当時の私にとってはかっこいいよりも古臭いが先に来て、変なの聴いてるなあなんて思ってた。

それから約1年、中学校に入ったばかりの頃、自粛期間、外に出ずにインターネットばかり漁ってた3ヶ月間。

YouTubeで偶然クリックした動画に、人生を無理やり変えさせられた。

ミッシェルファンならわかるだろう。98年のフジロックの映像だ。

ついこの間までランドセルを背負っていた私にとって、とんでもない衝撃だった。

約20分間の映像を、食い入るように見つめてこう思った。

なんだよ、こんなかっこいいものがこの世に存在するならもっと早く教えてくれればよかったのに。

あのとき初めて経験した燃え上がるような感情は、いまだに忘れていない。忘れるわけがない。

その後はミッシェルに収まらずROSSOもBirthdayも聴き漁った。

スモーキンビリーを歌っていたのは全然ジジイじゃなかったことも知った。なんだこの声も顔もスタイルも生き様もかっこいい兄ちゃんはと、中学生の自分には刺激が強すぎる圧倒的な美に当てられて、一瞬で虜になっていた。

その当時はフジファブリック志村正彦も好きだったから、7月10日生まれの人と結婚しよ〜なんてことを思ったりもしてた。

高校生になったら散々Birthdayのライブに行こう、そう決めて受験勉強に励み、ようやく高校に入学した4月、チバが食道がんになった。

まぁ、タバコの消費も酒の消費も激しかった人だ。ちょっとしたら桑田佳祐のように帰ってくるだろうと信じてた。

ライブに行くなら服装はどうしようかなぁなんて呑気なことを考えて、Birthdayのライブを見に行く頃には、自分に自信を持てる人間になろうって、それまでは精一杯頑張ろうって、チバの背中だけを見つめて突き進もうとしていた。

9月あたりから学校に馴染めなくなって、精神をすり減らすようになった。

周りの人間がどうしても怖くなって、パニックさえ起こすようになり、何もかもが嫌になった。

それでもなんとか頑張った。チバが復活するまでは、チバがまた元気にライブをしてくれる日までは私も頑張るって、決めたから、約束したから。

休みがちではあったけれど、通学でも休み時間でもチバの歌声を聴いて自分を奮い立たせた。チバのためならどんなに辛くても我慢できる気がしてた。最強になった気分だった。

 

11月26日、私はチバユウスケをこの目で拝むこともないまま、彼は私の手の届かないところへと1人で旅立ってしまった。

 

私は怖い。社会が今この瞬間にも当たり前のように回っていることが。チバユウスケが死んだっていうのに、みんな笑ってて、私の時だけが、彼が生きていた頃で止まっていて。

私はこれからチバユウスケのいない世界で生きていかなければいけないんだ。笑顔でいなければいけないんだ。

辛い悔しい悲しい、それ以外の言葉が思い浮かばない。チバはもうこの世にはいない。私の永遠のロックスターは、もう、この世界には存在しない。

心にぽっかりと穴があく、と言う表現は文学でよく見たことがあったが、こういうことか、と実感した。できることなら実感したくなかった、こんな感情なんて。

訃報の知らせを聴いた時、ちょうどミッシェルを聴いていた。スーサイド・モーニングだった。

願い叶ったかな、こんな風に、安らかに逝けたかな、なんて考えてたら教室で涙が出てきて、急いでトイレに駆け込んだ。

あと大分は、チバの声しか聴きたくない。

だって、あのチバユウスケが死んじゃったんだよ。まだ受け止められないし信じられない。朝起きたら夢でありますようにって、本気で祈った。

でも夢じゃなかった。朝のニュース番組で、モノクロの画面が映る中流れたチバユウスケ、と言う言葉で、一気に彼の死が現実味を帯びてしまった。

これはダメだ。私は1番来ちゃいけない世界線に迷い込んじゃったのかもしれないって、まだ朝5時ぐらいだったのにわんわん泣いた。

顔も、髪も、空からチバが見てても大丈夫なように今日は頑張って整えたのに、通学中に涙でぐしょぐしょになったせいで全部崩れた。

どんなにクサくて、ダサくて、ストレートな歌詞でも、チバが歌えば最高のロックンロールになったんだ、まだ死んじゃダメだよ絶対死んじゃダメだったよ、あの唯一無二の歌声を二度と生で聴けないなんて。

Birthdayになってからは、暴力団の総長みたいな見た目して、誰よりも優しくて温かい歌詞を書いてくれて、お前の未来はきっと青空だって、無責任にも言ってくれたのは世界でチバユウスケだけだった。

こう言う時に元気でいれる人でいたかった。笑顔で送りたかった。でもダメだ。大好きだったから。

チバと同じぐらい好きなアーティストはいっぱいいる。いっぱいいるけど、私をロックの道へと連れていってくれたのは、私に初めて、かっこいいと素直に思わせてくれたのは、チバユウスケだったよ。あんたは私の心の支えだったんだよ。今更言ったって届かないかもしれないけど、本当に、チバさえ生きていればなんだってよかったんだよ。

この辛い気持ちを1人で抱えていられる自信がなくて勢いで書き始めてしまったけれど、正直終わらせ方がわからない。

乗り越えて頑張っていこう、なんて明るいことを言えるメンタルはまだ持てそうにない。

私はただのファンだ。関係者でも親族でもない。でもだからこその辛さもある。何もできない。無力さゆえに呆然とするしかないことが、自分にとって何よりも辛い。

 

だから今はただ聴く。ミッシェルを、ROSSOを、Birthdayを。

 

聴いて、寝て、聴いて、時が経って、いつか受け止められるようになった時には、私は大人になっているかもしれないし、もしかしたら音楽そのものへの興味も薄れているかもしれない。

それでもいい。ただ今は、チバユウスケという世界で1番ロックだった男がこの世に存在していたということが、そして、彼のために大勢の人が涙を流した、こんなにもたくさんの人に愛されていたということが、何よりも嬉しい。それだけでいい、それだけで。

 

さよなら最終兵器